春告げ抹茶ホイップ

読書記録: 感覚史入門 なぜプラスチックを「清潔」に感じるのか

たまたま X かなんかで流れてきたのを見て Kindle のセール期間に買った気がするのですが、去年の年末から読み始めてようやく今日読み終わりました。


書き出しのエピソードが面白くて、ろうそくから電灯に室内の明かりが変わっていった時代の話が紹介されていました。 今でこそ電気の明かりなどというのは当たり前になっていて特に何も思わないですが、歴史の中で電灯が最初に登場した頃に人々がそれらをどのように捉えていたか、どのように感じていたかというのが面白い話題であるように思いました。 谷崎純一郎が随筆で昔なじみの料理屋で明かりがろうそくから電灯になっていたことに落胆して店の主人にろうそくを持ってこさせたというエピソードが紹介されていました。 ぼんやりした薄明かりの中で漆器を見ると、その塗り物の沼のような深みと厚みのあるつやが魅力的であると述べているようです。

その後はデパートという新しい商業施設が登場した日本でどのように感じられてきたかという話や、感覚を科学的に扱うというはなし、新しい素材と工業デザインとそれをどのように人々が感じ受け止めてきたかの話、などなどいろいろな話が紹介されています。 私達が当たり前に感じる感覚がデザインされて作られていたり歴史の流れで生まれたものだったというあたりの話が面白く感じました。 そして感覚なども差別や階層構造にもつながっていたりという話にもかなりページ数が割かれていました。


感覚と言ったときに五感のセンサーとしての感覚と、どういう心情を抱くかと言うような感覚は、同じ感覚というワードを使っていても別物のような気がしていたのですがこの本ではあえて両方の側面を扱っているのかなあという感覚を覚えました(感覚だけに)。 感覚史をやっている人にとって感覚とはどこまでの範囲で定義されているのか、あるいはあえて定義を狭めずに広く感覚にまつわる歴史と社会の動きを取り上げるという態度が一般的なのか、みたいなことが気になったりしましたね。

あとはこの本は文献を引用する部分が多く、あくまで立ち位置は入門書として他の文献の紹介がメインなのかなあという感じを受けた。 この本だけで感覚の歴史の世界を深く知るというのは難しく、あくまで入門書としてこういう感覚史という分野があるんだよということを知らなかった人が存在を認知するというのにちょうどよい程度かなあと。 もっと深い話を知りたい人とかからすると薄味すぎるかもしれない。 タイトルのプラスチックをなぜ清潔に感じるかという話もそこまで深堀されることなく他の例と同様に紹介される感じだったように思いますし、なんか深掘りしていく本を求めているとちょっと期待外れかもしれません。