春告げ抹茶ホイップ

Obsidianのグラフビューを得意ではない話

Obsidian のグラフビューのカッコよさについては以前の記事[1]で述べた。 Obsidian 自体の「第二の脳」のスローガンとともに脳細胞のネットワークのようなネットワーク上に接続されたファイルがグラフとして表示されていると、その格好良さはもはや唯一無二であるように思う。

しかし、このグラフビューを存分に使うための知識のネットワークを Obsidian に蓄積していくというのは実は簡単ではないと私は考えている。 私はそもそも Obsidian の使い方が特殊であり[1]、ちゃんと記事を整理するような使い方をしていないわけだが、ちゃんと記事を整理していこうとするとしても様々な困難が存在すると考えている。

端的にいえば、 Obsidian のグラフビューは知識のネットワークを表現するのに向いており、知識をまとめるには向いているが、思考をまとめるのには向いていない、と考えている。 これについて、以下に詳しく述べてみる。


Obsidian のグラフビューには時間軸のマッピングは存在しない。 Animate の機能はあるものの、これも過去のある時点でのグラフを表示するだけであり、時間軸がグラフに存在して時間を追った変化全体が一望に可視化されるわけではない。 そして、 Animate 機能はあくまでファイルの creation time を見るものである。 1 つのファイルが更新されていく様子は可視化できない。

これはある時刻に存在する記事がグラフビュー上に空間的にマッピングされるということになる。 自分用の用語集や自分用 wiki や広辞苑的なものを作りたい場合には、この記事の空間的なマッピングは良くワークする。

一方で、この空間的な記事のマッピングは時間発展する思考をメモするのには向いていない。

例えば、本 A を読んで感想が生まれたとする。 その感想を「本 A」の記事を作って書いたとする。 そして次に本 B を読んだ。 この本 B は本 A に関連する内容もあり、本 B を読んだことで本 A の内容への理解が深まり、異なる感想や理解、考えが出てきた。

さて、このときに「本 A」の記事はどのように更新するべきだろうか?

1 つの更新方法として、「本 A」の記事を新しい理解に基づいて全部書き直す方法が考えられる。 すべての記事は未完成であり、常にアップデートしながら育てていく、という思想なら、新しい理解に至った時点で記事をアップデートし書き直すというのは自然な方法である。

しかし、これでは初見で本 A を読んだときの感想がどこにも残らない。

さらに悪いことに、「本 A」を参照している記事は、アップデート前の理解で書かれた「本 A」の内容を指して参照していたかもしれない。 この「本 A」の記事の内容をまるっと大幅に書き換えるときは、この「本 A」の記事を参照している記事を全部見直して、引用の文脈が壊れていないかを確認しなければいけない。 記事のアップデートというのは、その内容を大きく変える場合には、参照している記事を全部見直してアップデートする必要のある非常にコストのかかる修正と言える。

もう 1 つの更新方法として、「本 A」の記事の最初に読んだときの理解や感想はそのまま残して、記事の下の方に追記する形で「○月×日追記」と明記して続きを書くこともできるだろう。 これもまあ、ある意味記事をアップデートしているとはいえる。

この場合の問題も参照する場合にある。 この場合、記事「本 A」には更新前の部分と更新後の部分で別の理解や全然別の感想が書かれている可能性がある。 このどちらを指して参照先が参照しているのかが、 Obsidian 上でリンクをつけるだけでは残すことができない。

思考というのは時間を超えて変化していくものである。 Obsidian のグラフビューは「ある時点」しかない。 そのため、過去の考えや考えの変化を残すのが難しい。 これが、 Obsidian のグラフは知識のネットワークを作るのには向いているが、思考を残すのには向いていないと私が考える訳である。


さらに付け加えておくと、仮に知識のネットワークとしてだけ使う場合でもなお個人的には難しさを感じている。

知識のネットワークを管理するには、一度書いた記事を常に最新の情報にアップデートすることが本質的には必要である。 なぜなら、最終的なグラフにはいつの時点での情報かという情報が残らないからだ。 グラフにあるすべての記事は「今」の情報として有効である必要がある。

以前書いたけどちょっと間違っていたかも、ということはアップデートする必要がある。 書いた記事については常に頭の片隅で気にしておいて常にメンテし続ける必要がある。

知識ネットワークをメンテし続けるのが好きな人はいるのだと思う。 wiki とかもよくメンテされた状態に保つために手入れをし続けるのが好きな人はいるのだろう。 記事を常にアップデートし、その記事を参照する記事も順次アップデートする。 そういうネットワーク自体をメンテナンスすることに楽しみを見出す人もいるだろう。 そういう人にとっては、メンテは楽しみながら行える行為なのだろう。

しかしまあ、私みたいなズボラな人間にとってはメンテが必要なネットワークは普通に管理コストが高い。 書いた記事を忘れることもできないで常に意識のどこかに引っかかっている感じがするのも苦手である。

これも「ある時点」しかグラフに存在しないこと、 Obsidian のグラフは空間的であり時間的な軸が存在しないことが問題のように思う。


私は最近このブログを改修した[2]。 この改修ではブログの記事同士のネットワークを示すグラフビューを作っている。 しかし、このグラフビューには時間軸が存在するのである。

知識をネットワーク化するなら空間的なマッピングだけでも事足りる。 しかし、思考の流れをメモしたい場合、時間軸は必要になるはずであり、空間的にリンク情報をマップするだけの Obsidian のグラフビューでは不十分だというのが私の考えである。

References

  1. 1. 私のObsidianの使い方とブログの立ち位置
  2. 2. ブログを改造した