お金儲けに熱意を持つのも才能
プログラマをやっていると、「プログラミングで副業で儲けよう!」みたいなことを言っている人を見かける。 多くは情報商材屋が詳しくない人に教材を売って儲けるためだったりするようだが。 そういう情報商材屋に紛れて、本気で儲けるために勉強する人も見かけたりする。 この儲けることが好きな人が世の中にはそれなりにいるようである。
先日、私は自分のお金の無駄遣いの話を書いた[1]が、私はそれに比べてお金を使いまくる割にお金儲けについて考えるのがあまり好きでないようである。 困った話である。
世の中にはお金を儲けること、あるいは「儲け話」自体を異様に好む人がいる。 何について話すにしても、それは儲かるのかを二言目に聞いてくるような。
私はプログラミングが好きだし、情報系出身でコンピュータやプログラミングの技術に対してそれなりに愛着があるのだが、一定の層にとってプログラミングで副業というのが儲け話のネタの定番であるようである。 普段技術系の人と話す際にはそういう人と出会うことはないが、何かの拍子に全然違う界隈の人と会話することになったとき、プログラム書くのは儲かるんですか?と聞かれることがあったり。
別の儲け話が好きな人に遭遇した話として次のような話もある。 私は稀に美術館に行ったりするのだが、その感想をある程度の人の集まりの中で話したことがある。 その美術館の展示の感想とか絵画を見ることについて話題にしたときに、その場にいた人の中の一人が「安く購入した絵画が後に高く売れたりすることはあるのか」とか、そのほか美術品を使ってお金が儲かる可能性についてひたすら聞いてくることがあった。 その時は非常に面食らってしまったものである。
少なくとも私は美術館に行ったり美術品について触れるのは鑑賞するためであり、お金を儲けるために集めるとかは考えたことがなかったもので。 最初は冗談か何かかと思ったが、どうも本当にその人にとって美術品は鑑賞するものではなく、お金が儲かるかがという観点でのみ美術品に興味を持っているようだった。
まあ、上述のような他人の趣味や楽しみに対して「それはお金が儲かるのか」みたいなことを聞いてくるのはいかがなものかと思わなくもないが、世の中には本当にお金が儲かる事柄かどうかの評価軸で物事を判断するような人は存在するようだ。
上述のように自分の愛情を持っている趣味をお金が儲かるかどうかという観点で話してこられると、自分とは考え方が違いすぎて驚いてしまう。こういう二言目にはお金儲けについて語る人のことは何か不気味な人たちだと思っていたものである。
そのような人々に対する印象の悪さから、お金でしか物事を判断できないのは気色悪い人たちだなあと思っていたわけだが、しかし最近そのような人に対する評価を私は改めつつある。 自分のお金に対する態度などを省みるに、お金を儲けることに興味を持てるのはある種の才能ではあるなあと感じるようになってきた。
お金の儲け話に興味があるのはやはりある種の才能である。 ギラギラと目を光らせて、何か儲け話が転がっていないかで世の中を見ている人たちはある観点で見れば非常に勤勉な人たちである。
対して私は、お金はあればあるほど良いと思っているが、どうも儲け話自体は好きではないようなのである。 儲け話というのは、何か儲かることをするそのための儲かるネタを探しているのだろうけれども、私はそもそもそうやって何か苦労して儲かるというのがあまり好きではない。 言語化してみると非常に甘えたバカみたいな意見ではあるが、私はお金は何もやらずに増えて欲しいのである。
勝手にお金が入ってくるのは大歓迎なのだが、色々苦労してお金がリターンされるということにあまり楽しみを見いだせない。 色々やってもリターンはお金だけでしょ、と思ってしまう。 お金は大事で特に自分はお金を雑に使ったりしていることがわかっている[1]のだから、お金を手に入れることは非常に大事であるはずなのに、である。
私は「お金が手に入るよ」というのがどうも物事をやるモチベにならないようなのである。 お金が手に入るからプログラミングを学ぼう、と言われて学べる人はすごいと思う。 私には絶対に無理である。 私がプログラミングを学べたのは、プログラミング自体が楽しく好きになったからである。 自分が学んだり努力したりできるのは、自分が楽しい面白い好きだと感じることだけである。 そうではない外部の動機づけであるお金が儲かるということで勉強を継続できるのは、私には無い才能である。
近年は投資の重要性も耳にするようになった。 銀行にお金を入れておくだけではインフレで目減りするし、将来の老後の資産形成も必要であることも示されているし、投資で資産形成をやっていくのは必要なことのはずだ。 しかし、必要だと言われてもやる気にならないので困ってしまう。
投資などというのもちゃんとやりだすと色々調べないといけない。 世の中には色々調べて株式市場の様子を張り付いて眺めて操作するのを日々行っている人だっているわけだが、私にはそれは無理である。 それどころか、投資信託のようなプランを選ぶだけで勝手に運用してくれる金融パッケージ商品のようなものを選ぶのでさえ面倒くさいと感じてしまう。
お金が儲かるという外発的なリターンが動機で何かを学んだり努力したりできるのは、なかなか難しいことだと思うし、少なくとも私にはそれはできない。 しかし、今の世の中は投資などの必要性もあり、お金を手に入れることについて考えるのは重要な時代である。 そんな時代の要請に適合できていない私からすると、それらの儲け話のために何事かをできる人は非常に時代に適合しており強い人だなあと思うものである。 お金のために努力を行えるのは尊敬に値する人たちなのだと思うようになった。
とはいえ、相手の話に対して二言目に金が儲かるのかを聞いてくるのは、品がないし無粋だとは思わなくはないけどね……。